地震 ― 2011年03月14日 00時30分31秒
その時,学科の会議室で会議を行っていた.14時46分ころ.揺れているのに気が付いたのだが,「緊急地震速報も来ていないですし,そんなに大きくないですね」とか言いながら,会議を継続しようとしていた.
ところが,なかなか揺れが収まらない.というか揺れが大きくなる.隣の建物をみると,揺れ方が激しい.ガラスが振動しているのが見える.一人が念のため,ドアを抑えに行った.ふと見ると,その脇のパーティションがぐらぐら揺れている.とっさに飛んで行って,パーティションを抑える.っと,目の前で印刷機がぐらぐら揺れだした.とりあえずもう一本の手で抑える.さらに目の前のコピー機が動き出す.コピー機を抑えるようとするものの,これはちょっと無理.ときどきコピー機に手を伸ばしながら,主として印刷機とパーティションを抑える.揺れはどんどん大きくなり,途中から足をふんばる.立っているのもやっと.印刷機とパーティションだけは一生懸命抑え続ける...
かなり長いこと揺れていたように思うが,それでも,しばらくして,ようやく揺れが収まった.いろいろな機械が倒れたり,机が動いていたりするものの,会議室はそれほどの被害ではない.
いったん会議を中断し,各研究室の安全確認を行うことにした.
自分の研究室に戻ると,本棚が大変なことになっている.落ちた本が山.それはともかく,学生の安全確認.
ところが,なかなか揺れが収まらない.というか揺れが大きくなる.隣の建物をみると,揺れ方が激しい.ガラスが振動しているのが見える.一人が念のため,ドアを抑えに行った.ふと見ると,その脇のパーティションがぐらぐら揺れている.とっさに飛んで行って,パーティションを抑える.っと,目の前で印刷機がぐらぐら揺れだした.とりあえずもう一本の手で抑える.さらに目の前のコピー機が動き出す.コピー機を抑えるようとするものの,これはちょっと無理.ときどきコピー機に手を伸ばしながら,主として印刷機とパーティションを抑える.揺れはどんどん大きくなり,途中から足をふんばる.立っているのもやっと.印刷機とパーティションだけは一生懸命抑え続ける...
かなり長いこと揺れていたように思うが,それでも,しばらくして,ようやく揺れが収まった.いろいろな機械が倒れたり,机が動いていたりするものの,会議室はそれほどの被害ではない.
いったん会議を中断し,各研究室の安全確認を行うことにした.
自分の研究室に戻ると,本棚が大変なことになっている.落ちた本が山.それはともかく,学生の安全確認.

院生の部屋の扉が閉まっている.中に声をかけると,出られないとの声.入口脇にあった棚が崩れて入口をふさいでいるためにドアが開けられないらしい.ここの建物は,こういう事態のために,窓の外が非常用通路になっている.とりあえず隣の部屋の窓を開ける.窓の外に出て,そちらから入ってくるように指示した.
そうこうしているうちに,全員建物外に避難するように指示が来た.院生をつれて,とるものもとりあえず,階段で1階に下りて外へ出る.
春休み中だから,それほど多くはないが,それでも結構な人数が避難していた.
結構大きな余震も続く中,ひたすら待機.ワンセグで情報収集する人,ツイッターで情報収集する人,メールで連絡する人など,あちこちで情報のやり取りが行われる.携帯電話での通話はほとんどできないが,それでも情報交換できるのはありがたい.
5時ころになって,ようやく荷物を取りにだけ戻ることを許可される.
そこで初めて自分の部屋に入る.惨憺たるありさまだが,PCは動いている.
続いて,院生の部屋.荷物を取ろうにも,ドアが開かない.仕方がないので,窓から外に出て,さきほど院生が出た窓から中に入る.見ると,見事に棚が崩壊している.上の方に書類とか古いPCを載せていたため,重心が高かったらしい.
院生と協力して,ともかく崩落したPCや書類などをどけ,棚をばらして,ドアが開くようにした.そこにスイッチなども置いてあったのだが,それはとりあえず放置.というかなにから手を付けてよいのかわからない.
再び外に戻って,また待機.職員の方がテントなどを用意しだした.
とりあえず私にできることももうないような感じがしたので,そこから帰宅.電車は動いていないので車で.最初の部分は異常に混雑していたが,途中からは比較的順調だった.なんとか8時くらいには帰宅.
我が家の被害は幸い,それほどでもなかった.
そこでようやくTVを見る.なんとなく聞いていた東北地方の被害を改めて知ったのは,実はこの時点.どれだけ大変な事態か,ということを改めて認識した.
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